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<南米エクアドルで車いすの大統領が誕生します、日本では?>

私が議員になるまで2年にわたって活動していた南米のエクアドルで5月から車いすの大統領、レニン・モレノ氏(Lenín Moreno)が誕生することになりました。南米も含めて、世界が右傾化している中で、エクアドルでは左派政権が続くことになります。

このモレノ氏、1998年に車で強盗にあい、銃撃を受けて、両足の自由を失ったとのこと。その後、うつ状態に苦しんだものの、「犯人を許す」という心境に達し、心が解放されたそうです。その後、ユーモアや愛、友人や家族との繋がりこそが痛みを癒す、という考えで多くの著書も記しています。

今回の大統領選挙では、右派の候補である銀行家を接戦で破り、「私はすべての国民のための、中でも特に貧しい人々のための大統領になる。」と言っています。(毎日新聞の記事より)

一方で、日本を見ると、障害者差別禁止法などは成立したものの、障がいを持つ政治家はまだまだ一握りです。日本は経済大国として、エクアドルに対しても毎年、多くの技術支援を行っていますが、むしろ日本がエクアドルや、ムヒカ元大統領の国、ウルグアイなどから学ぶべきことも多いと思います。

http://www.asahi.com/articles/DA3S12880466.html
(写真は2014年、集落でのワークショップの様子です。)


<週末の活動 ダグラス・ラミスさんの講演会といわせてカフェ>

週末は3つのイベントに参加しました。最初は私も会員になっているNPOのふらじゃいるの総会。こちらの団体、地域で精神障がいを持つ方、そしてサポートする方々など、当事者による団体で、当時者同士で支えあうことが効果的である、という考えに基づいて「当事者研究」などを毎週行っています。総会も皆さんの普段の活動が伝わる暖かい雰囲気で行われて、その後の懇親会で皆さんとゆっくりとお話もできて、私も元気を頂けました。

その後、「世界が百人の村だったら」などの著者で政治学者のダグラス・ラミスさんの講演会に参加しました。ラミスさん、実はPARC自由学校で私の妻や義母の英語の先生だったこともあり、当時から大変お世話になっていました。特に、妻にとっては、最初に国連で働くという夢について背中を押してくれた方でもあったので、私も楽しみにしていました。

ラミスさんの憲法改正や、沖縄に関するお話。クリティカル(批判的)だけどユーモアに富んでいて、小学生でわかるような言葉で話すのが印象的でした。特に、沖縄に米軍基地の75%が集中している状況について、「日本が100人の村だったとしたら、沖縄が1人でそれ以外が99人、みんなでレストランで支払いをする際に、沖縄の人の意見を聞かずに、沖縄だけが75,000円支払って、残りの人は250円程度ずつしか支払わない、と決めてしまうのと同じことだ。」という例えが非常にわかりやすかったです。そして、私たちがすべきこととして、まずは沖縄の負担を正確に理解することが必要である、という指摘、その通りだと思いました。

そして、日曜日は「いわせてカフェ」を西大泉で実施。こちらのカフェ、少人数の皆さんとお茶を飲みながら、ゆっくりと政治のことや地域のことなど、自由にお話しようというもの。西大泉で行うのは1年振りで、宣伝の機会も限られていたので、誰も来なかったらどうしようと心配だったのですが、実際には支援者の方を含めて、合計で8名の方が参加してくださり、それぞれのお仕事などについてお話いただきました。今回は、障がい者支援に関わる方が多く、現在の福祉政策の課題などについて、それぞれのご経験からお話を伺うことができ、私にとっても勉強になりました。

その後、家に帰って息子と近くの公園をお散歩。皆さんから力をいただける素晴らしい週末でした、また一週間頑張ります!


<全国学力テスト、本当に必要なの?(今日の新聞から)>

今朝(4月19日)の朝刊に全国学力・学習状況調査(全国学力テスト)の問題が掲載されていました。こちら、すべての小学6年生と中学3年生を対象に実施されていて、今回が10回目になります。

学力テスト、始まった時から、教育現場を中心に大きな議論がありました。
このテスト、当初の目的は、子ども達の普段の学力を地域ごとに調べて、苦手な分野などの傾向を指導の改善などに反映させることにありました。つまり、競争などをさせるものではなく、学校ごとの成績を出したりはしない、というのが前提です。

でも現在は、学力テストが学校間の競争の材料にもなってしまっています。
例えば、島根県では、小中学校の2割が、昨年、学力テストの順位を上げるために、過去問を解かせたり、放課後に補習をしたりしたとしています。これでは「普段の学力」を把握して、それを今後に活かす、という本来の目的からかけ離れているものですし(こうした傾向について、昨年、文部科学大臣も「本末転倒だ」と述べています)、その結果、教育の現場、子供達にとっても負担になってしまっています。

学力テストについては、子ども達が自分の客観的な学力を知ることができるし、苦手分野を知ることもできる、という肯定的な意見もあります。しかし、このテスト、4月に行われて、その結果がわかるのは夏休み明け、4か月以上たってからになります。これでは、子ども達や保護者にとっても、効果的とは言えません。

藤田英典・東大名誉教授は「テストと名がつくものに、対策が講じられるのは当然だし、都道府県別結果を公表している以上、競争は必ず生まれてしまう、学力の把握や指導法改善のためなら抽出調査や10年に一度で十分だ。」と述べています。(毎日新聞の記事から)

毎年60億円もの税金が使われる学力テスト、本来の目的とはかけ離れ、また教育現場や子ども達にも負担を強いるようなものであり、10回を迎えた中で、本当に必要なのかも含めてそのあり方について、地域でもしっかりと議論をする必要があると思います。

http://www3.nhk.or.jp/news/html/20170418/k10010952441000.html

<もはや沈黙するのもまた苦痛である 歴史学者 和田春樹さんを迎えて(大泉わくわく講座②)>

先日、和田春樹さんをお招きした講演会「大泉から平和国家を考える」を行いました。おかげさまで今回の会場、大泉図書館も超満員、大変な熱気の中で行うことができました。
私の事務所では「大泉わくわく講座」(「泉」と「湧く」をかけた名前です☺)と題して、地域、地方自治に所縁のある方をお招きして、皆さんと一緒に地域の課題を学び合う機会を設けています。一回目は憲法学者で私の恩師でもある樋口陽一さんに「地方自治と憲法」についてお話いただき、二回目は歴史学者で、地域でベトナム戦争への反対運動を行った「大泉市民の集い」の代表でもある和田春樹さんからお話しを伺うことになりました。この大泉市民の集い、実は私の亡くなった義父も若いころから参加していました。

ベトナム戦争が始まってから、すぐ近くの朝霞の米軍基地にベトナム戦争の傷病兵が連日、先生が以前から住んでいらっしゃった大泉学園町の頭上を通ってヘリで運ばれるようになったとのこと。ロシア史を研究していた先生は、第一次大戦下でロシアの兵士たちがもう戦争がいやだといって革命に加わる話を論文に書きながら、現実に何もしないということが耐えられなくなり、キング牧師が暗殺された翌日から、ご夫婦で反対のビラを大泉学園駅前で配りはじめ、それに呼応した方々が集まって1968 年、「大泉市民の集い」が誕生したとのことです。そして、皆さんの活動もあって、二年後の1970年12月には野戦病院は閉鎖されたのです。先生が作成した「大泉学園地区に住む市民のみなさんに訴える」と題されたビラ、講演会でも配布したのですが、とても印象的でした。

「ベトナム戦争について、ジョンソン大統領はいう、『ベトナムにおける自由」のため、『民主主義のため」だと。だが、数百万発の爆弾によって押し付けられる『自由」とは何か、『民主主義」とは何なのか…私たちには、老いた両親と二歳の娘がいる。幸いにして健康な私たちの娘が彼女の祖父や祖母とたわむれているその頭上を、汚い戦争の戦士たちが運ばれていくのをみるのは、苦痛である。もはや沈黙するのもまた苦痛である。私たちはアメリカのベトナム侵略に抗議する。(一部抜粋)」

当時30歳だった和田先生が奥様とたった二人でこのビラをまいたことが活動の始まりだったと知り、改めて胸が熱くなりました。

先生のお話を伺ってから、私からは現在の状況について話をしました。世界を見ると、数日前、トランプ大統領が新型爆弾をアフガニスタンで初めて投下しました。この爆弾、MOAB(通称:Mother of all the bombs)「すべての爆弾の母」との名称で、最強の非核爆弾と呼ばれ、900メートルの範囲をすべて爆風でなぎ倒し、殺してしまうものです。この爆弾は、ベトナム戦争で使われた大型爆弾(デイジーカッター)の後継として開発されたもので、爆弾としてだけではなく、化学汚染をも引き起こし、さらに戦闘員、非戦闘員の区別無く無差別に殺戮する兵器として使われたものでした。

国内に目を転じても、最近、政府によって教育勅語に対する肯定的な発言が繰り返されています。稲田防衛大臣は「教育勅語の精神である道義国家を目指すべき」、安倍首相も教育勅語を園児に唱和させる森友学園の教育方針を、「大変すばらしい」などと評価していました。地方議会でも学校の道徳の授業で使うべき、という発言も出ています。しかし、教育勅語は天皇が臣民に授ける、という形で作られたもので、主権が天皇にあるという前提になっています。これは、憲法の基本的な理念に完全に反するものです。

そんな中、一筋の光が地域での市民の方々の活動だと思います。
これまで頑張ってきてくださった方、草の根で活動し続けてくださった方がいたからこそ今またこのような危機の時代においても、私たちが活動を続けてこれた。今回の先生のお話を伺って、改めて勇気づけられる、そんな気がしました。

次回の「大泉わくわく講座」は6月、次のテーマは大泉のまちづくりについて、樹木医の方のお話を通じて考える予定です。ぜひご参加ください!




<3年前の今日、私はまだエクアドルでした。>

3年前の今日、皆さんは何をしていたか覚えていますか?

フェイスブックで「過去のこの日」という機能があって、自動的に数年前の投稿が出てきます。何気なく見てみたら、ずいぶん昔のことのような、懐かしい気持ちになりました。
3年前の今日、私は南米のエクアドル、その中でも最も貧しいアンデスの山岳地域、標高3000メートルに位置する先住民の集落にいました。当時の仕事はJICA(国際協力機構)の専門家、地域の中でも、歴史的にも虐げられてきた、特に先住民の女性の収入改善を図ることでした。

当時の私がどうしても実現したかったこと、それは活動を通じて、地域の中でも、声を挙げられない方々、もっとも弱い立場にある方々の力になることでした。そしてその集大成が、エクアドルでの2年にわたる活動だったと思います。上からの視点で援助を「施す」というのではなく、現地の方と同じ目線で、一緒に悩みながら解決を図る。最初は余所者として、なかなか心を開いてもらえなかったですが、文字通り、同じ釜のごはんを食べて、たくさんの話を伺い、時間を掛けながら次第に距離が縮まり、最後はパートナーとして協力する。その中で、日本の一村一品運動を参考にしながら、地域の特産品であるチョチョ豆(ルピナス科の豆)を使ったパン作りを行ったり、地鶏の加工販売を始めたり、有機肥料を販売したりと泥まみれになりながら必死で活動していました。

当時の私、息子も誕生しておらず、もちろん議員にもなっていませんでした。当時とは場所も環境も全く違う、そんな生活を行っていますが、その根底にあるもの、「地域に根差した活動をすること」、「マイノリティも生きやすい社会こそが誰にとっても生きやすい社会となる」という思いは変わっていない、と改めて思いました。忙しさの中で、振り返ることがあまりできていませんが、自分の原点を忘れずに、感謝の気持ちをもって頑張らなくては、と改めて思う月曜の夜でした。(写真は現地での活動の様子です。)







<新生活、始まりました!>

4月に入っていよいよ妻も渋谷の職場にフルタイム復帰。そして、息子も新たな保育園生活が始まります。これまでは申し訳ないな、と思いながらも育児のかなりの部分を妻にお願いしていたのですが、今週からは妻も8時には出勤し、もし7時に帰れたら「ラッキー」(激務の職場、昔は毎日10時過ぎでした)という生活へと戻る、ということでそうも言っていられません。

しかも、保育園も始まったばかり、「慣らし保育」の期間(1週間)は数時間しか預けられないので、家族総出の対応に。例えば、私が朝から駅頭の日は8時まで妻が息子を見て、その後、私にバトンタッチ、9時に保育園に送って、3時頃にもう一度私が迎えに行って、その後、義母に預けて会議に行く、というように、妻と義母と役割分担をしながら、ギリギリのスケジュールをこなす。息子も新しい環境にまだ慣れていなくて、保育園に行くときには大泣き。帰ってからも、最初の数日は、「ホイクエンさみしかったの、ないちゃったの...パパといっしょ、よかった、ぱぱだいすき」と打ち明けられ、私もウルウル。。

でも、一週間が過ぎると、息子も友達や先生とも仲良くなったのか、保育園に行くときにもそれほど抵抗しないように。そして、私たちも慣らし期間を終えて、ようやくペースがつかめてきました。

そして、日曜日。一週間頑張ったご褒美に、午後から息子の大好きなスカイバス(二階建て、天井が無くて、外が見られる観光バス)に乗りに行くことに。前日から息子も大喜び。でも、当日は朝から大雨。でも、この機会を逃したらいつ行けるかわからない、ということで東京駅へ向かいます。「もしかしたら雨も止むかしら」という淡い期待も空しく、雨はどんどんひどくなります。「本当にこの雨で乗るの?」と妻と顔を見合わせますが、息子の期待に満ちた顔を前に、覚悟を決めます。。。そして、1時間の東京→レインボーブリッジコースへと出発。ちょうど桜の季節、晴れていたら最高なのでしょうが、いつまでも止まない雨。そんな中、レインボーブリッジを屋根のないバスで走るという罰ゲーム(笑)の中、ひたすら響くのは風の音と息子の大喜びしている声。街を歩く人から不思議そうな目で見られながら楽しみました。

家に帰って暖かいお風呂に入って、ロンドンバス乗った!と何度も言いながら息子もぐっすり。また明日から頑張ります!



<桜が咲く中、日曜の活動>

ようやく桜も見ごろを迎えた日曜日、3つのイベントに参加しました。

まず、市民の皆さんが主催する「ねりま・みんなで選挙」(通称:ねりせん)が企画した「桜咲け!共同街宣!」。ねりせんは、市民と野党の共同で新しい政治を作ることを目標に、野党統一候補の実現に向けて活動を行っています。

初めて、民進党の木内孝胤議員と共産党の原純子予定候補が一緒に街頭での訴えを行うことになり、区議会の野党会派も一緒に応援することに。駅前での演説のあと、皆さんで石神井公園のまわりをねりあるき。私の横には、友人の二人組。ギターを持参して、弾き語りしながら歩きます。ラブミーテンダーなど有名曲に自分たちの思いを載せる、あまりにも気持ちよさそうに歌っている姿に、私もつい口ずさんてみたものの、自分の音痴さに改めてビックリ…沿道を歩く方、お花見中の方からお声がけを頂きながら、やっぱりこうした活動って大切だよな、と改めて思いました。

その後、駅に戻り、今度は私たちの会派「市民の声ねりま」での共同街宣。池尻成二議員と区政の報告を行いました。支援者の方に呼びかけて、大規模で共同の演説をするのは久しぶり。支援者の方に加えて、友人や家族も駆けつけてくれて、演説中には息子がトコトコやってくるサプライズも。皆さんからの温かい励ましや応援を頂いて、たくさんの方に支えられて二年を過ごせたこと、実感しました。

その後、ダッシュで「未来をひらく歴史 練馬読書会」へ。こちらは東アジアの近現代史を、日本だけの視点ではなく、中国や韓国の視点も踏まえて、多面的に学ぼうというもの。テキストには日中韓3国共同歴史編纂委員会が作成した「新しい東アジアの近現代史」を使います。第一回目の今回は友人で弁護士の伊藤朝日太郎さんが担当して、明治維新から日露戦争までの3国の歴史を振り返るというもの。教育勅語への回顧や銃剣道の復活、そして共謀罪の議論など、日本はどこへ向かっているの??と不安になる中で、近現代について学ぶこと、大切だと痛感しました。

そして家に帰ってから、明日から渋谷の職場に完全復帰する妻とこれからの子育てや家事の分担などについても相談。これまで「男も子育てしやすい町を!」と訴えてきたのに、仕事が忙しいことを言い訳にかなり妻に頼っていました。明日からの保育園の準備で季節限定の桜柄のおむつに息子の名前をひたすらマジックで書きながら「私ももっと頑張らなくては!」と思う新年度最初の日曜日でした。明日からまた頑張ります!



<区議会議員って普段何をしているの?>

区議になってよく聞かれる質問の一つが「普段何をしているの?」というもの。「特に議会が無い時には、何をしているのかわからない、もしかして遊んでいるんじゃないの?」といった、素直なご質問をいただくことも。。
議員になって実感したのが、「この仕事は公私の区別がない」ということ。日中はもちろん、夜や早朝にアポなしで相談者の方が家まで直接見えることも。そして平日よりも土日の方が行事などで忙しく、改めて振り返ってみても、二日以上続けて家族とゆっくり過ごすのは年末年始とお盆位でしょうか。
もちろん、活動の仕方はそれぞれ異なると思いますが、一つの例として、議会が閉会している中での、私の一日をご紹介したいと思います。
平日の一日は、朝の7時ごろ、駅前でのご報告から始まります。朝はみなさん、忙しいのでゆっくりとお話はできませんが、毎週ご挨拶している中で、目で挨拶していただくようになったり、声をかけて頂くようになったりするのが実は一番うれしかったりします。今日の駅ではこの方、明日はあの方に会えるというのが、実は元気の源になっていたり。しかも、最近ではボランティアの方にもご一緒いただけて、眠い朝でも「やばい、頑張らなくては!」と起きる原動力(?)にもなり、お陰で規則正しい生活にもなったような。
そして、駅頭の後、自転車ダッシュで家に帰って、朝ごはん。子どもがミルクをこぼしてゆで卵の殻をまき散らしているのをせき止めながら、朝からごはんを1合近く(駅頭で声を出すとお腹が空きます…)食べて、活動が始まります。
その後は日によって違うのですが、事務所に行ってスタッフやボランティアの方と打ち合わせをしたり、皆さんにお配りする区政報告書の原稿を作成したり、イベントの準備をしたり。午後は、ご相談の対応をしたり、それを受けて区役所で調査をしたり、普段は中々お会いできない支援者の方のお宅を自転車で訪問して、区政のご報告などをしたりしています。
そして、夜は勉強会や会議、イベントなどに参加。例えば、先日は地域の街づくりの懇談会に7時から8時半まで参加して、その後帰宅してからもいただいたメールへ対応を夜中までして一日が終わる、というような形でした。
私もなってから分かったのですが、議会中の忙しさ(膨大な資料の読み込みと的確な質問の準備含み)はもちろん、閉会中も民間企業で働いていた頃よりも、時間的、精神的にもかなり要求されるものが高いと感じています。もちろん、男性が家庭と地域で輝く練馬をつくりたいと言いながら、自分がほとんど子育てに時間がつかえず妻にしわ寄せがいくことも多く、常に葛藤が続きます。。。
一方で、これほど多くの方に出会い、しかも、その方の思いや内面に触れることができ、また、これほど多くのことを勉強できることもとても大きな財産だと思うとともに、こうした機会を頂けていること、とても有難いと感じています。
区議の活動や区政などについて、他にも質問などあったらぜひお寄せ下さい。できる限りお答えさせていただきます!


<”日本スゴイ”というけれど、そんなにすごいのかな?>

テレビや雑誌、ネットなどで、外国人から見て「日本はここがすごい!特別だ!」とほめちぎる、そんな情報が毎週のように流れています。これまで、アジアや中東、南米などで暮らしたのですが、海外では自国をここまでほめたおす(?)番組を見ることはなく、「なぜ日本人は自分のことをこんなに褒めるのかな?」と違和感を持っていました。

私の好きなロック歌手、「オアシス」のノエルギャラガーは「日本人のファンについてどう思うか?」という質問に、以前こう答えています。「こんなことを聞いて来るのは、日本人だけだ!世界中で日本人だけが、相手がどういう印象を持っているかを聞いてくる。(中略)なんでそんな質問をするんだ?!どうしてそんなに自分達に自信が持てないんだ?大体、僕が日本人に対してどんな印象を持っていたとしても、そんなこと、たいしたことじゃないし、気にする必要はないんだよ!」
(https://web.archive.org/web/20081222021506/http://entertainment.aol.co.jp/music/oasis/interview1.html)

そんな中、2016年には、経済産業省が「世界が驚く ニッポン!」という冊子を発行しました。こちら、「2020年の東京五輪の開催を控え、改めて、日本の「感性」、「価値観」を世界に発信するため(中略)取りまとめた。」というもの。
(http://www.meti.go.jp/press/2016/03/20170308001/20170308001-1.pdf)

改めて読んでみたのですが、「あなたは日本がこれほど注目されていることを知っていますか?」、「世界は日本に驚いている!」など、読んでいて気恥ずかしくなるような文言が並んでいます。

ある外国人のタレントが、「テレビでは、大したことのない日本文化に対して感動しないといけない場面が多い。たとえば、ある番組で四季があるから、と褒めなくてはいけなかったけど、四季なんてどこでもある!」と批判していましたが、その通りだと思います。私が勤務していた国、例え常夏に見えるインドやパキスタンだってダウンが必要な時もあり、地域差も大きかったし…

考えてみると、こうした「日本スゴイ」といった番組が人気を持つ背景には、海外、特に欧米に対するコンプレックスがあると思います。例えば、米軍基地問題やTPPの交渉を見ても、「安倍首相が世界の首脳では初めてトランプ大統領とゴルフをした!」とか「トランプ大統領は安倍首相を気に入った!」という報道を見ても、日本は本当に米国と対等な関係なのか?と問いたくなります。

もちろん他国との比較は大切ですが、ただ海外と比較して日本が優れている、と声高に叫ぶのではなく、もっと客観的な情報が必要だよな、と改めて思いました。

(写真は以下のサイトから<a href='http://www.freepik.com/free-vector/japan-landscape-in-grunge-style_765736.htm'>Designed by Freepik</a>)



<3連休の過ごし方、イベント、小金井市議選の応援、そしてインド料理>

議会が終わって初の週末、3連休ということもあり、たくさんの行事やイベントに参加しました。

初日の土曜日、事務所で「いわせてカフェ」をオープンしました。このカフェ、日常でちょっとひっかかりを感じること、区政に関する思いなどを少人数でざっくばらんにお話するというもの。ウェブでしか宣伝せず、誰も来なかったらどうしよう、一人でお茶を飲んでようかな、と、ドキドキしていたのですが、これまでフェイスブックで繋がっていただけで会うのは初めて、という方など6名もの方にお立ち寄りいただきあっという間に満員に。

性的マイノリティの当事者の方、小学校の先生だったけど、学校のあり方に疑問を感じ、自ら学校を起ち上げようとしている方、ご自身で民間学童を運営されようとしている方、PTAで役員を務めていた方、引きこもりの方への支援を行いたいと考えている方など、様々な背景の方が。皆さん初対面なのですが、紅茶を飲みながら、いじめの問題や引きこもりの原因などそれぞれのご経験をお話している間に、あっという間に仲良くなって、帰るころには皆友達に。始まる前は不安でしたが、これはぜひ続けなければ!と勇気を頂ける機会でした。

翌日は朝から小金井市議の片山かおるさんの応援へ行き、そして、最終日。たくさんの勉強会が催される中で、「発達障害に関する勉強会」と「釣りと環境シンポジウム」に参加しました。最初の勉強会は、先進国であるアメリカにおける発達障害への取り組みと日本の現状について勉強するというもの。日本はアメリカに比べて20年以上遅れているという彼女の説明に驚くとともに、印象的だったのは、「大切なことは、周囲のためにその子を変えようとすることではない。」というお話でした。例えば、日本では、周囲に迷惑をかけないために、行動を抑えさせるために薬を飲ませる、といったこともありますが、アメリカではまずなく、むしろ、変わる必要があるのは周囲の人間であるという考えが一般的であるというお話、その通りだと思いました。

その後、ダッシュで次の会場へ。こちらは、釣り愛好家の方が企画したもので、福島原発周辺で取れる川魚の放射性物質の現状、そして、リニア新幹線開通に伴う環境破壊について報告がありました。特にリニア開通に伴って、南アルプスの生態系が大きく変わってしまい、その地域で生息するヤマトイワナなども影響を受ける、といったお話、私は釣りのことは分かりませんが、自然を愛する思いが溢れていて、勉強になりました。

三日間の最後、インフルエンザが治った息子を連れ、近くのインド料理屋さんへ。
妻は妊娠7か月までパキスタンで暮らしていて、ママのお腹で毎日カレーを食べていたせいか、息子もインド料理が大好き。辛い物大好きだけど、とても弱いパパが大汗を流しながら食べる横で同じものを嬉しそうにほうばる姿に元気をもらいました。。明日からまた頑張ります!


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