2024年6月3日から第2回練馬区議会定例会がスタート。初日に谷原保育園の閉園廃止を求める陳情とあわせて、大泉第二中学校の教育環境を守るために道路計画の見直しを求める陳情への賛成討論を行いました。なぜ、中学校の校庭の真ん中に2本もの大型道路を通す必要があるのか、皆さんの思いを訴えました。
賛成したのは
インクル(私達)、共産党、生活者ネット、つながる、れいわ(50人中12名)反対したのは
自民党、公明党、立憲民主党、練馬会議、維新の会、みどりの風、参政党
最終的には反対多数で不採択となりました。
討論での訴えは以下の通りです。
陳情第50号 「大泉第二中学校を分断し教育環境と地域の生活環境を損なう道路計画の見直しを求めることについて」の第1項に対して、賛成の立場から討論を行います。
本陳情の含意は、大泉第二中学校の教育環境を守るために学校を分断する位置にある2本の都市計画道路、補助135号線、232号線の道路計画の見直し、撤回を求めるものです。
補助135号線が計画されたのは1947年、232号線については1966年といずれも半世紀以上前のことです。しかし、この計画が突如として動き出したのは2004年であり、それ以来、練馬区は20年にわたって2本の大きな道路と大泉第二中学校の教育環境の保全という不可能な問題に取り組み続けてきました。その間、大二中の保護者や地域の方、何よりも子ども達は練馬区によって多くの苦しみを味わってきたのです。
大泉第二中学校は1957年に開校されて今年で67年、非常に歴史のある中学校です。「燃える大二中」とも言われ、体育祭、合唱コンクール、文化発表会なども盛んで運動場の面積も10,600㎡、区内の公立中学校では8番目、地域では大泉中学校に次ぐ広さです。
そもそも、大二中が建設された当時は、戦後の人口急増によって学校の設置が急遽必要となった時代に重なります。食料不足に伴う増産が叫ばれていた中で、農地を避け、学校を作る必要があった中で、135号線の計画があると分かっていながらも苦渋の選択として当該地に学校を建てた経緯があります。もちろん1957年当時の状況は理解できますが、70年を経て現在の子どもへの影響が出てしまうというのは許容できるものではありません。
最も有力とされる「校地の再形成案」における、2本の大型道路が学校の敷地内で交差することの子どもへの影響について、練馬区は、大通りに面する学校は区内にもあり、それぞれ通学路や安全に通える環境は構築している。大二中に関しても特別ではないし、しっかりと進めていくと回答しています。
しかし、大通りに面した学校があるということと、学校の敷地内に新たに大型道路を作るということは全くの別問題です。敷地内に大型道路が通っている学校について、練馬区自身も聞いたことがないと回答しています。道路を作るために子ども達の教育環境を犠牲にするということを、練馬区は子ども達に何と説明するのでしょうか。
また、現在、最有力とされている校地の再形成案について、運動場が狭くなるという指摘があります。区は、学校に併設する運動場は7400㎡ですが、学校から離れた所に4,000㎡を超える新たな敷地を確保しておりこちらを加えたら現在の10,600㎡よりも広い敷地を確保できると回答しています。しかし、運動場が細切れになってしまうことで、活動の種類や質が変わってしまうのは明らかです。
2024年3月、5年振りに開催された有識者委員会で、出席していた大泉第二中の当時の校長からは、大二中の教育環境について、練馬区が定める最低限の基準に沿った「標準化」をしてしまうのではなく、子ども達のためになるべく運動場を含めて現在の環境を守って欲しいとの切実な思いが述べられていました。
保護者や地域の方からは、道路を建設することで振動、騒音、廃棄ガスなどが中学生の心と身体へ与える影響を心配する声が上がっています。また、200メートルトラックのある校庭で、のびのびと部活動や運動ができる大泉第二中学校を無くさないで欲しい、大二中を象徴する校庭の桜の木を残してほしいという声も届いています。
今回、練馬区が第3次みどりの風吹くまちビジョンで大泉第二中学校の検討を再開することを発表してから、わずか3か月、その間に1,400名以上もの署名が集まったことからも、多くの地域の住民が大二中の教育環境を守りたいという思いを持っている事は明らかです。
現在の練馬区の計画はあくまで道路ありきでの議論になっています。子ども達の教育環境を守るための最善の方法は道路計画を止めることでしかありません。1947年に建てられた計画を現在になってそのまま実現するということが本当に最善の利益なのか、道路計画の中止について正面から検討すべきです。
以上の理由から、陳情第50号の願意に賛成の立場からの討論といたします。
残念ながら陳情は不採択となってしまいましたが、今後も道路計画の廃止を求めて訴え続けます。過去の訴えはこちらです。