猛暑のなか、今年も「大泉で『戦争』を考える」を開催し、60名近い方にご参加頂きました。議員になってからほぼ毎年続け、今回で9回目。当初は地域の戦争体験者のお話が中心でしたが、多くの語り部が鬼籍に入った今、どうやって記憶と教訓を次の世代へ手渡すか―今年は“いま”を生きる当事者と教育現場から向き合いました。
登壇いただいたのは、ミャンマー出身で少数民族でもある方、そして私立高校で歴史を教える岩城慶明さん。お二人の声は、過去の出来事ではなく「現在進行形の現実」として戦争を私たちに引き寄せ、平和について考えさせるものでした
当事者の声:ミャンマー・ロヒンギャが生きる現実
ミャンマーからの当事者は、民族名を口にするだけで命が危うくなる社会、3人以上で政治や戦争を語れば拘束され得る日常、掃討作戦によって多くの人々が難民となった現状を、自身の経験として切実に語りました。日本で暮らす今も、いつ収容されるか分からない不安を抱える人がいること、だからこそこの国をそんな場所にしてはならないこと、若い世代に平和の意味を学んでほしいこと。震える声の奥でそれでも希望を求める思いに心を打たれました。
学校から社会へ:積極的平和とは
岩城さんは、殺し合いがない状態を「消極的平和」、差別や貧困がなく人の尊厳が守られた状態を「積極的平和」と整理し、日本は前者にとどまっていると指摘しました。クラウゼヴィッツの「戦争とは政治の延長である」という言葉を引きつつ、話し合いが断たれたとき政治の失敗が人命を奪う、だからこそ政治は最初から人間の尊厳を中心に据えなければならない、と。
また、50年談話(村山)、70年談話(安倍)を比較し、後者に見られる「反省と謝罪を過去形で区切る姿勢」も指摘。さらに「日本が最も長く戦った相手国はどこか」という問いに対する誤答の多さ(米国と考える傾向)から、空襲など被害の記憶は語り継がれても、加害の歴史認識が抜け落ちがちだという課題が示されました。歴史修正主義が政治の中で勢いを増せば、意見そのものが封じられる未来が来るかもしれない。だからこそ歴史を学ばなければいけないと力強く訴える姿、とても印象的でした。
練馬区の現状と課題
私からは、地域の課題として三点報告しました。第一に、核兵器禁止条約(TPNW)への参加を求める陳情が、練馬区議会で反対多数により不採択となったこと。第二に、戦後80年という節目に、多くの自治体が記録の継承や平和事業を拡充するなか、練馬区の平和推進経費は前年度比約4%減の約248万3千円へと縮減されたこと。第三に、戦争は遠い世界の出来事ではなく足元の現実だという事実、大泉の近くに落とされた模擬原爆(パンプキン爆弾)、稲荷山憩いの森の地下深くに見つかった旧日本軍の施設など、地域に刻まれた痕跡を共有しました。
「個人の尊厳」と「記憶の継承」を弱める方向へ舵を切ることを何としても阻止しなければいけない、心から思います。
おわりに
戦争は命だけを奪うのではなく、未来そのもの、まだ生まれていない誰かの可能性まで奪う。だからこそ、私たちは「事実を事実として学ぶこと」「過ちを過ちとして認め続けること」「政治に声を届け続けること」をやめてはいけないと思います。
来週から始まる区議会では、私は排外主義やヘイトスピーチに抗い、平和を削る予算のあり方をただします。同時に、戦争遺跡の保存や記録の継承に実効性を持たせるよう訴えます。ぜひ皆さんのご意見もお寄せください。
これまでの訴えはこちらをご覧ください。