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トランプ大統領就任演説に思うこと 練馬区で私たちにできることは?

トランプ大統領の就任演説、英文の原稿を読みました。 大統領の就任演説、それぞれの個性や思いが込められていて、ブッシュ大統領の時以来、毎回チェックしていました。 最初の印象は、随分短いな…というもの。調べてみると彼の演説は合計で1466語で、近年の大統領の中では最も短く、直近の大統領では1977年のジミーカーター(1229文字)以来となります。ちなみにオバマ大統領の演説は2,406文字でした。 そして内容も、”Make America great again!” 「アメリカを再び偉大にする!」、”it’s going to be only America first”「アメリカだけを第一とする!」といった扇動的で短い言葉が並んでいます。今までの政治家の在り方に辟易した人々に訴えているのでしょうが、選挙キャンペーンが終わっても、まだこれか・・・とがっかりでした。 今回トランプ大統領が所信表明演説で歴代大統領としては、初めて用いた言葉のリストを見ましたが”disagreement(不一致)”, “disrepair(荒廃・破滅)” “sad(悲しみ)” “tombstones(墓石)” などの言葉が並んでおり、ここにもアメリカの分断を象徴しているのではないでしょうか?http://www.dailywire.com/news/12622/how-does-trumps-inaugural-speech-stack-numbers-aaron-bandler) こうした言動に対して、アメリカに住む友人は「トランプはいままで公にいう事が恥ずかしいとされてきた差別的な表現をあえて多用することで、それを言ってもよいのだというライセンスを人々に与え、憎悪や分断を高めている」と嘆いています。 しかし、こういった大統領が勝ってしまう状況があるのは動かせない事実。トランプが勝つなんてジョークだと言って真剣に取り合わなかった民主党やリベラル派(私たちも含め)の訴え方や行動にも、十分責任はあり、それに向き合って正すべきところは正さないといけないと思います。 また、大統領が就任して1時間後にはホワイトハウスのウェブサイトから性的マイノリティの人権に関するページが全て抹消されました。http://www.huffingtonpost.jp/techcrunch-japan/web_lgbt_whitehouse_b_14325296.html?utm_hp_ref=japan 他者や異なるものへの不寛容がアメリカをはじめ、世界に広がりを見せる中で、ここ練馬区においても昨年来、外国人の方に対する差別的な落書きが急増しています。 こうした中だからこそ、レディーガガが訴えた言葉、”Love trumps hate!”(日本のマスコミは“トランプ大嫌い!”と誤訳したようですが…”愛は憎しみを打ち負かす”という昔からあるイディオムです)のように、異なるものへの理解と寛容こそが社会の発展につながると信じて、地域における性的マイノリティや外国人の人権保障を含め私自身ができることを続けていかなければと改めて思いました。

「震災・原発避難者は いま part2」に参加して 区域外避難者への支援打ち切りについて

本日、私も会員となっているNPO法人 福島子ども保養プロジェクト@ねりまが主催した講演会「震災・原発避難者は いまpart2」に参加しました。この講演会、避難者の方の置かれている状況を知り、私たちに何ができるかを考えるものでした。 講演では特に、今年の3月末で福島県や国によって打ち切られようとしている、避難指示区域外の避難者(「区域外避難者」)の方に対する住宅の無償提供について伺いました。区域外避難者とは政府による避難指示のない地域から避難した方のことで全国に26,600人、そのうち練馬区には東京23区で二番目に多い135名(避難者全体で220名)が避難しているとのこと。こうした方への避難住宅の提供が今年の3月末に打ち切られるもので、2016年11月現在では70%の方が4月以降の住居が決まらず不安な思いでの生活を強いられています。 区域外避難者の方は子どもを被ばくから守りたいという気持ちで避難をしている方が多く、夫を福島に残し母子で避難していて、経済的に困窮している方も多くいます。しかも、東京電力からの定期的な賠償は全くなく、唯一のものとして避難住宅が提供されていましたが、これが打ち切られるというものです。 そもそも、国が設定した「避難指示地域」というのは、原発事故前の測定値0.03μ㏜/hに比べて127倍にのぼる3.8μ㏜/h(年間20ミリシーベルト)以上の地域であり、この数字に対しては、国連人権理事会の特別報告書の中でも1ミリシーベルト以上の地域は避難地域指定すべきだと指摘されています。(2013年5月24日 毎日新聞)。 国は上記の値でも人体に影響はないとしていますが、20年後30年後のことは誰もわかりません。白血病の人が増えた等のことがあったとしても、因果関係の立証が難しい中で、どちらにせよ国は否定するでしょう。 科学的に安全か安全でないかという、ずっと後にならないと分からない(厳密には後でも証明されようがない)議論よりも、一番重要な事実は、区域外避難者の方は、「事故が無かったら避難することもなかった」、ということだと思います。それまでの日常が外部的な要因で全く変わってしまったということは動かしがたい事実であり、現に、避難者の皆さんは元の地域に安心して住めないと感じているわけで、それが避難者の方の落ち度とどうして言えるのでしょうか。 住宅支援を打ち切られることによって、区域外避難者の方は、強制的な帰還か、避難の継続による生活の困窮のどちらかを選ぶことを余儀なくされています。 こうした状況に向き合うのは行政や東電の責任だと思います。 原発事故があった当時、お子さんが3歳だったという避難者の方からもお話を伺いました。30年の住宅ローンで家を購入したばかりだったが、家族が離れ離れとなり、経済的に困窮しているとともに、小学校にあがった子どもは、「過剰反応だ」といじめられたりすることを恐れて学校で避難していることも言えずにいるとのこと。お話の中で印象的だったのが、「子どものために」と思い活動してきたが、でも、このことが逆に子どもに負担を強いてしまっているのではないか、でも、このことを少しでも多くの方に知っていただきたいと思い頑張っている、ということでした。 私にも2歳の息子がいますが、もし同じ立場に置かれたとしたら、これほど強くなれただろうか、と考えると聞いていて涙が出そうになりました。 練馬区議会にも、福島原発事故による避難者が安心して暮らせる住まいの確保を求める陳情が出されていますが、審議がされないままの状態です。国や都が住宅支援を打ち切ろうとしている中、行政として責任を果たすために、その延長を議会でも求めるとともに、練馬区としても、独自の支援策を講じるよう、議会でも訴えていきたいと思います。

焼き芋大会と新年会!

先日、家の庭で恒例の焼き芋大会を行いました。 この焼き芋大会、うち(妻の実家)で地域の方や子ども達と一緒に毎年行ってきたもので、今年でもう20年目くらいになります。ルールは簡単で、皆さん、自分の焼きたいもの(お芋やソーセージ、マシュマロ、リンゴ)などを持ち寄って、お話しながらたき火を楽しむというもの。 今年は近所の子ども達だけでなく、ママ友やパパ友、そしてその友達たちなどたくさんの方が集まって、あとで数えてみたら70名もの方が参加。それぞれ会うのは初めて同士の方ばかりなのですが、火の回りでどうやって子どもを寝かしつけするのが一番楽か(うちは抱っこ卒業の過渡期中で毎日ギャン泣き)できるかを語り合ったり、父親同士で、「ママがいい!パパやだ!!!」(ガビーン)|д゚」と子どもが騒ぎ出したときにどうやったら満足してもらえるか(笑)相談してみたり、すぐに仲良しに。しかも、実は家がすぐ近くだったり、大好きなレストランのオーナーのご家族だったり、普段は忙しくて、なかなか近所に住んでいる方と親しくなる機会を持つことが難しい中で、地域ならではの楽しい時間を過ごすことができました。ぜひ来年も行いたいと思います。 その後、私の所属する「市民の声ねりま」の新年会に家族で参加。支援者の方やスタッフの方が準備くださったご馳走を頂きながら、皆さんと現在の政治の課題や今年の抱負などを語り合う。また、お楽しみとして会員の方の落語や、クイズ大会もありました。そして、何よりも皆さんひとりひとりの持つ問題意識、現在の状況を変えようとする熱いに力を頂ける、そんな素晴らしい時間でした。

2018-08-21T09:41:42+09:002017年1月15日|Tags: , , |

駅頭での不思議な出会い

日々行っている駅頭でのご報告、様々な方からご意見やお話を頂けることが一番の喜びです。そして、時として、不思議な出会いもあります。 先日、夕方に大泉学園の駅前で挨拶をしていると、道に迷っているらしき老紳士が。お声がけすると、逆に「あなたは何党ですか?」と質問されました。私たちの団体(市民の声ねりま)のことを説明すると、納得されてご自身のことも色々と話してくださいました。 現在8*歳で、武蔵関から久しぶりに友人を訪ねてきたけれど大泉の駅前が変わって驚いている、ということから始まり、東京大学出身で研究職として長年メーカーで勤めてきたということ、学生の時は安保闘争などに深くかかわっていたということなど。 そして、なぜ安保闘争に関わろうと思ったかを伺ったところ、急に真剣な眼差しになって次のような話をしてくださいました。 少年時代、当時住んでいた荻窪で大規模な空襲があり、その際に米軍機が墜落した。そして、怪我をしていた米軍兵士を竹やりで殺した、とのこと。殺したのは苦しんでいる彼を助けるためだったけれど、そのことは記憶から決して離れなかった。そこから平和の大切さを実感し、安保闘争に関わったとのことでした。 そのうえで、今の政治はあまりにもひどい、と滔々とお話されました。とても静かな語り口なのに力強い、彼のお話に圧倒されました。 最後にお名前だけ教えて頂き、握手をしてお別れをしました。 駅でご挨拶いただける方、目で頷いてくださる方、区政報告を受け取ってくださる方、そして、お話を聞かせて頂ける方、こういった機会を頂けたことが新年の一番の喜びの一つでした。

2018-08-21T09:41:44+09:002017年1月13日|Tags: , , |

練馬区の成人式に参加して

今日は練馬区の成人式に参加しました。 今年の練馬区の新成人は約7,000名、そのうち4,000名以上が会場のとしまえんに集まります。他の自治体では、いくつかの会場に分けるのが一般的で、これほどたくさんの方が一カ所に集うのは練馬区の特徴です。 成人式に参加するのは議員になってから今年で二回目、としまえんと言えば、いつもは息子の大好きなミニSLにのるために何十分も並ぶ苦行の場(?)なのですが、この日ばかりは駅に着いた途端に視界に広がるのは色とりどりに着飾った新成人の方々。私までなぜか晴れやかな気持ちになります。 そして式典。今年の成人式は1996年に生まれた方が対象となります。皆さんの姿を見ながら、1996年、私は何をしていただろう、と思いを馳せると、ちょうど19歳、浪人中で代ゼミに通いながら、いつも学食で一番安いきつねうどんを食べながら、将来のことに悩んでたな(おかげできつねうどんが嫌いになってしまいました。。)とか、そういえば、一番流行った歌(ミスチルの「名もなき詩」)は今でもカラオケで歌っているな、とか、鮮やかに思い出しました。私は当時、自分に自信がなくて、自分にできること、向いていることは何かを必死で探していました。 2015年にNHKが18歳~20歳の若者に対して行ったアンケートによると、今の日本の政治に満足していない方は合計で74%、そして、日本の将来(20年後)は明るいと思えない人は全体の61%にも達していました。若い方も含めて閉塞感に覆われている、それが残念ながら現在の社会だと思います。しかし、そんな中で救いを感じたのが、同アンケートの中にあった、20年後あなたは幸せだと思いますか?という質問に対して、75%がそう思うと答えていたことでした。日本の将来は明るくなくても、その中で自分は幸せに生きたい、その思いが伝わるものだと思います。そして、今年の成人代表の方の「夢はすべて叶うと思うほど子どもではない、ただ、夢に向かって努力することがなりたい自分に近づける」というメッセージは印象的でした。 式典の後、次期衆議院選挙で東京9区から立候補予定の木内孝胤さん(民進党)、原純子さん(共産党)の話を聞く会に参加しました。労働条件や社会保障など、今の日本が抱える問題、そして特に若い世代にとっても深刻な問題に対して、どう向き合うか皆さんで議論をしました。若い方に負担を負わせないことは政治の大きな役割の一つ、これからも地域の中で頑張っていかなければと思う一日でした。

2018-08-21T09:41:44+09:002017年1月9日|Tags: , , |

2017年 お正月

年末から年始にかけては実家に久々に帰省。 年末からフライングで近くの公園で凧揚げをしたり、私の通った中学校への通学路を数十年ぶりに散歩してみたり。 そして元旦。私にとっての一大行事、年賀状書きが始まります。なぜこんなタイミング?と驚かれることが多いのですが、議員は区内在住の方に対して自分からは年賀状を書いてはいけないことになっていて、いただいた年賀状に自筆でお返しをする、ということが規則になっています。ですので、お正月に届いた年賀状に一枚ずつ読ませていただいてからお返事を書く、ということにしています。そこで、午前中に年賀状が到着して、それから一日がかりでお返事。待たされて機嫌が悪い息子と一緒に散歩がてらポストへと向かいます。ポストを見た瞬間にテンションが上がる息子。私の手から年賀状を取って、「ポストさんどうじょー!もぐもぐ」と言いながら一枚ずつポストに入れてくれます。そうか、こういう感じ方もあるんだな、でもできればもっと速くやって欲しいな。。。と抱っこして腕がプルプルしながら感慨に耽る一日でした。

2018-08-21T09:41:44+09:002017年1月3日|Tags: , , |

築地市場の視察

市民の声ねりま、今年最後のイベントとして、移転問題に揺れる築地市場の視察を行いました。皆さんにお声がけしたところ、30名ものご参加が。 最初に築地移転に反対の声をあげている関係者の方の話を伺い、すぐ脇で並行して進められている環状二号線の建設現場も見学します。 その後、実際に築地市場の中も案内していただきました。初めて入る場内、別世界でした。石畳が敷き詰められた床の上に幾重もの店が立ち並び、たくさんの呼び声が響く中、足の踏み場も無いほどお客さん、関係者の方が真剣な目をして魚を選んでいます。そして、その間をターレと呼ばれる一人乗りの荷役用運搬車がスイスイと通過していく様はまるで異国のよう。築地の歴史の中で培われた独特の世界、文化を体感できる、非常に貴重な経験でした。 そして、関係者の皆さんの豊洲に移転することへの不安や築地を守りたいという強い思い、改めて実感しました。視察終了後、市場を出るといつの間にやら両手にたくさんの荷物が…つい、安いと思ってつい買いすぎてしまったたくさんの海産物と共に皆さんと家路につきました。

2018-08-21T09:41:44+09:002016年12月29日|Tags: , , |

クリスマスのお祝い

先日、私たちが通う教会にもサンタがやってきました。 初めてのサンタに興味深々の息子、お家に帰ってから「サンタさん、何と言ってた?」と聞くと「フォッフォッフォッ」と一生懸命、真似をして答えてくれる。あまりに可愛くて、もう一度リクエストすると、また「フォッフォッ」と始まる。しばらく笑い転げた後に、サンタさんに何をお願いするの?と聞くと「(機関車トーマスの)ヒロ!(トーマスのともだちというか脇役の日本の機関車)」とのこと。 なかなかレアものをお願いするんだな…と思いながら、クリスマス当日の朝を迎えました。枕元の包みを開け、ヒロを見つけて大興奮の息子。よかったー!と思いながら、「これ誰にもらったの?」と聞くと「ママー!」の声が。サンタさんじゃなくても、せめてパパと言ってくれよ、と思う瞬間でした。。。 その後、クリスマスのためにAmazonで1000円で買ったサンタさんの衣装を着せようとするも、全力で断られる。仕方ないから、私が90㎝の衣装を無理やり被ってポーズをとると「ジングルベル」を全力で歌ってくれました。いつまでもリフレインする息子の「じんぐるべーる、じんぐるべーる、すじゅがなる、へい!(掛け声つき。。。)」という歌声に必死で踊り続けました…。

2018-08-21T09:41:44+09:002016年12月26日|Tags: , , |

クリスマスと望年会

出かけていた妻が帰ってきて、私と息子の初めての二人暮らしもようやく終了。 この間、急いでいるときに限って「(ごはん)たべないの~」「(洋服)きないのー」とぐずってみたり、夜中に泣き出して一晩中抱っこで過したりと、妻や母の大変さ、偉大さを改めて実感しました。 そして、同時に、今回のことで息子との絆が強くなったかな、と思っていたのですが、妻が帰ってきた瞬間に、「ママ(が)いいの!」「パパあっち!」の声が。。。私のこの間の地獄のような苦労は何だったのか…と肩を落としていると、落胆した様子を見ていたのか「パパ大好き!」と慌ててフォロー。二歳の息子に気を使われて嬉しいような、悲しいような。 そんな中、今日はいつも通っている大泉教会のクリスマス礼拝に家族で参加。23日が子ども礼拝、24日がクリスマスイブ礼拝、そして今日はクリスマス礼拝と今年は三日続けて教会に行くことに。クリスマス礼拝では毎年たくさんの歌も歌えて、私も家族も楽しみにしているのですが、今年は礼拝の後、余興の進行という大役(?)も果たすことになり、数日前から何をしようか頭を悩ましていました。そして、結局、仲間と一緒に、三人の共通点は何か?(例:全員B型)とか、それぞれの意外な一面は何か?といったどうでもいい(笑)クイズになったのですが、皆さんとても楽しんでいただき、親睦も深めることができました。 そしてクリスマス礼拝の後は急いで「ねりま市民望年会」へ。こちらは原発の問題や沖縄の問題などに対して、地域で様々な活動をされている市民の方が一同に会するもの。今年一年、お世話になった方々とお話する機会を持てて感謝するとともに、改めてもう一年も終わりだな、と実感。 さらにその後、大変お世話になっている海老沢牧師が行っている「野の花伝道所」のクリスマス礼拝へ。 望年会とクリスマスを交互に繰り返すという忙しい一日でしたが、お世話になっている皆さんと改めてお会いすることもできてとても楽しい時間を過ごせました。

2018-08-21T09:41:44+09:002016年12月25日|Tags: , |

早稲田大学での授業

先日、早稲田大学の社会科学部で授業を行いました。 早稲田大学の理事で社会科学部の教授でもある畑恵子先生にゲストスピーカーとしてお招きいただいたもので、昨年に続いて2回目。先生はラテンアメリカ研究の専門家で、授業のタイトルは「ラテンアメリカ研究2、民主化と開発」。大変人気のある授業で、今期は3年生と4年生、240名が受講しているとのことでした。 お話を頂いてから、90分で何をお話しようか、色々と考えたのですが、その中で、自分が同じ世代だったころ、就職活動をはじめとして、将来のことですごく迷い、悩んでいたんだった、と改めて思いだしました。そして、私が受講生だったとしたら、自分がどうやったら国際協力や多文化共生に関われるか、その方法を知りたかっただろうな、そう考えて授業に臨みました。 そこで、授業ではラテンアメリカを中心に途上国での援助の実情をお話するとともに、私自身の経験についても去年よりも具体的に話をしました。なぜ学生時代にエクアドルへ留学したか、なぜ3年で会社を辞めてボランティア(青年海外協力隊)に飛び込んだか(途上国の現状を知る中で、自分だけが日本で傍観することに耐えられなかった)、そして、開発コンサルタントとしてどんな仕事をしてきたか、そのうえで、どんな思いで練馬区議として活動しているかなどを正直に伝えました。 同時に、身近でできる国際協力として、難民が働くネイルサロン(ARUSHA)や、難民が経営するレストランの利用、ユニクロに使用済みの服を返却すると難民キャンプへ寄付されること、難民アシスタント養成講座等、様々な例を紹介しました。 授業では就活中なのか、リクルートスーツを着た方も多くいましたが、皆さん真剣に耳を傾けてくれて、授業の後に「自分は民間企業への就職が決まったけれど、これで自分の夢だった国際協力とは離れてしまうのか、とも思っていました。でもお話を聞いて、そうじゃないことがわかり少し楽になりました。」といって下さる方も。 学生と向き合うことで私自身も刺激を受ける、貴重な経験をさせていただきました。

2018-08-21T09:41:44+09:002016年12月21日|Tags: , , |
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