多文化共生

【#明治学院大学 #白金祭 での政治講演会のお知らせ 11/2(土) 14時から】

明治学院大学の白金祭、政治学科主催の「政治講演会」でゲストスピーカーとしてお話することになりました。去年のゲストは立憲民主党の枝野さん、私でいいのか...と思いながらも、せっかくの機会ですので、地域における多様性と政治の役割について #LGBT, #外国人, #ブラック校則, #性教育, のことなどお話したいと思います。 11月2日(土)の二時から、どなたでもご参加いただけます。ぜひお気軽にお越しください!

【こんなことまでボランティア? 練馬区はちゃんと人にお金を払って!!日本語講師の待遇の改善を!】<決算委員会の報告③>

練馬区に住む外国籍の方は増加を続け、9月の時点で20,800人。今年の1月から9月までに新たに区民になった方のうち20%が外国人でした。こうした中、日本語の理解に課題のある子どもへの学校での支援はますます重要になっています。2018年度に練馬区で日本語の指導が必要な児童・生徒を受け入れた学校の数は小学校では40校、中学校でも18校(合計58校)、区内の半数以上に上りました。 区では、日本語の習得が不十分な児童・生徒を対象に、日本語の講師を学校へ派遣しています。しかし、重要な役割を担っているにも関わらず、日本語講師は区の職員ではなくあくまで「ボランティア」(有償)として位置づけられています。そうした中、今回は日本語講師の待遇の改善を求めました。以下、概要をご報告します。 【岩瀬の訴え】 日本語講師には専門的な知識・経験が求められます。また、学校内での活動を行う中で個人情報の守秘義務など多くの責任も発生します。重要な役割を担う日本語講師をボランティアにお願いし続けていること、また7年前に時給を半額に引き下げ、そのままにしてきたことは区の多文化共生政策を考える上で大きな問題です。 今年の6月には「日本語の教育の推進に関わる法律」いわゆる日本語教育推進法が国会で成立しましたが、その目的の一つは学校等における「日本語教育の水準の維持向上」です。同法に則って日本語講師の身分と権限、責任を明確化すること、具体的には会計年度任用職員としての雇用、短期的には謝金の単価の向上などを図るべきです。 【区の回答】 会計年度任用職員は、まさにその名の通り年度を通して雇用していく制度です。日本語の講師につきましては、比較的期間が短いということもあってこの会計年度任用職員とはしていかないという考えです。国や都の動向を注視しながら必要に応じて検討を考えて参りたいと思いますが、日本語講師については来年も同じような形態で進めていきたいと考えてございます。 【岩瀬の意見】 練馬区は来年度以降も日本語の指導をボランティアにお願いするということでした。東京オリンピックでも問題になりましたが、専門性や経験が求められる中でいつまでも区民の「善意」や「やりがい」に頼るべきじゃありません。身分や待遇、責任が明確化されるよう、今後も訴えます!

<一般質問の報告④ 練馬区は多様性を尊重するというけれど、それは本気なのか? 区でもヘイトスピーチを規制する条例や方針を!>

練馬区に住む外国籍住民の数、4月に初めて20,000人を超えました。わずか5年で5割以上も増加したことになります。そんな中、練馬区でも外国籍住民に対する差別、排斥などヘイトスピーチも増加しています。政治活動を理由にしながら、在日の方への憎悪的な偏見を煽る候補者がいたり、朝鮮高校無償化を求める最中に生徒に向かって聞くに堪えないヤジを飛ばす者がいたり。 私が訴え続けてきたのは「マイノリティが住みやすい社会は誰にとっても住みやすい社会」。 今回の一般質問では練馬区でのヘイトスピーチ規制について改めて取り上げました。 ●今回の主な訴え 1.東京都でもヘイトを防止する条例ができたのだから、少なくとも都の基準にあわせて公の施設の利用制限などをすべき! 2.練馬区でもヘイトスピーチに対する方針や基準、条令等を策定すべき! <ここから> これまでに何度もヘイトスピーチを防止するために公共施設の利用禁止も含めた積極的な防止対策をとるべき、と訴えてきました。練馬区は「法律に罰則規定が設けられていないため、直接的な禁止対策(防止)は現時点では考えていません。」と答えてきました。 東京都は昨年、「東京都オリンピック憲章にうたわれる人権尊重の理念の実現を目指す条例」を策定しました。この条例は、本邦外出身者に対する差別の解消のために「防止」策も盛り込んでいます。中身では「公の施設の利用制限について基準を定める」ことと「差別的な表現の内容の拡散を防止するために必要な措置を講ずる」ことを示しています。 <質問①> 練馬区はこれまでの回答でも、ヘイトスピーチに対して「直接的な禁止対策は現時点では考えていない」ものの「都の条例を注視し、対応していく」とのことでした。都で条例ができたのですから、少なくとも、都の基準に合わせて区の施設の利用制限や差別的表現の拡散を防止するための措置を講ずるべきです。 <区の回答> 区の施設は利用の条例、規則などに基づいて利用の可否を判断しています。支障が生じた時にはその場での注意喚起を行うとともに場合によっては次回の利用をご遠慮いただくなどの対応を行っています。 <質問②> 国や都の取組も大きく進む中で、地域でも、ヘイトスピーチに対する方針や基準、条令等を策定すべきです。 <区の回答> 東京都や他自治体の対応について注視し、研究を進めますが現時点で施設の利用制限の基準やヘイトスピーチに対する条例、基準、方針を作ることは考えていません。 <岩瀬の考え> 練馬区でも研究は続けるけど、ヘイトスピーチを規制する条例などを作る予定はない、対応もこれまで通りです、とのことでした。そんな回答で本当にいいのでしょうか?川崎ではヘイトスピーチに対する罰則規定も盛り込んだ条例を作成するとしています。東京都ですらヘイト団体への公共施設の貸し出しを禁止する条例を作ったのに、なぜ23区で二番目に人口が多く、外国籍住民も数多く暮らす練馬区では対応をしないのでしょうか。「多様性や一人ひとりのあり方を尊重する」というのであれば態度で示すべきです。今後も繰り返し訴えます。

<コンゴ民主共和国(DRC)とエボラ熱、私たちができることは?「愛の対義語は無関心」>

JICAのコンゴ民主共和国(DRC)事務所の所長の柴田和直さんをお招きして現地での生活、日本の支援などについて話を伺いました。私も2011年に環境省のプロジェクトでDRCで活動していたので、お話を伺えることを楽しみにしていました。 DRCはダイヤモンドなどたくさんの天然資源に恵まれているものの、「平和だけがない資源大国」とも呼ばれています。長期にわたって紛争が続いており、この20年で世界で最悪の600万人もの命が失われています。そうした中で、コンゴで性暴力被害者の治療に取り組んできたデニ・ムクウェゲ医師に対し、ノーベル平和賞が本年授与されています。 柴田さんからは日常の暮らしや日本の援助のほか、特に地域で大流行しているエボラ熱の状況についてお話を伺いました。昨年の8月から再度流行しており、6月の段階で2140件、1440名が亡くなっているとのことです。エボラ熱の恐ろしいところは、致死率が高く、治療法が確定していないところにあり、感染をいかに封じ込めるかが鍵とのことです。日本からも緊急支援を行っているものの全く足りていないとのことでした。 私が仕事で訪問したのは首都のキンシャサだけでしたが、空港から町に向かう道の荒廃や、車に乗る私たちを刺す様な目で見つめていた今の自分の息子と同じ年くらいだったストリートチルドレンのこと、をはっきりと覚えています。 柴田さんからは私たちにできることとして、まずは問題を知ること、そして国際支援団体などへの寄付などを挙げて頂きました。 ムクウェゲ医師は東京大学で講演した時に次のように述べています。 「私たちは、消費者として、私たちが買う商品のなかにどのようなものが使われ、どのようなところからきているのかを確認する責務があります。それが、女性の破壊、人権侵害を経て作られたものでないかどうかを、販売する人に尋ねて確認して買うことが必要です。」 参加した方からも「『愛の対義語は無関心』という有名な言葉に則れば『知ることは愛すること』であり、自分で何ができるか考えたい」といった感想を頂きました。 地域でこれからもこうした会を行い、皆さんで一緒に考え、取り組んでいきたいと思います。写真はイベントの様子と私が現地で撮った町の様子です。  

By |2019-06-24T11:56:55+09:002019年6月24日|Tags: , , , , |0 Comments

<いわせて「国際協力」カフェ!6月22日(土) コンゴ民主共和国(DRC)について学びましょう>

皆さん、コンゴ民主共和国(DRC)という国は知っていますか?以前はザイールと呼ばれていて、アフリカで最も貧しい国の一つです。長く紛争が続いていて、2016年だけでも170万人が家を追われたといわれています。そして現在は、エボラ出血熱が大きな脅威にもなっています。今回のカフェでは国際協力機構(JICA)の現地事務所で所長を務めている柴田さんをお招きして現地の状況を伺うとともに、私たちができることを一緒に考えたいと思います。私も議員になる前、現地で活動していたのでその時の経験もお話できればと思います 。ぜひお越しください!

By |2019-06-11T15:23:58+09:002019年6月22日|Tags: , , , |0 Comments

<一般質問が終わりました>

年に一度の一般質問が終わりました。 今回はこの間訴え続けてきた性的マイノリティの権利保障、ヘイトスピーチへの対策、中学校の制服、子どもの性教育などを取り上げました。 平日の昼間にも関わらずたくさんの方に傍聴に来ていただいてとても心強かったです。一般質問、毎回とても緊張するのですが、演台に上がって視線を挙げた時に飛び込んできたのは、LGBTの象徴である華やかなレインボーカラーを身にまとった方々☺こんなにカラフルな(?)傍聴席になったのは区議会でも初めてだと思います。おかげで、皆さんの思いを代表している、そう思ってリラックスすることができました。 残念ながら区の回答は多くが納得できるものではありませんでした。特にパートナーシップ制度の導入については「現実的な効果が無い」、「法律との整合性に問題がある」という理由を繰り返していて、当事者の思いに寄り添おうとする姿勢は見られませんでした。詳細は改めてご報告します。 今回の質問の作成には、たくさんの方からアドバイスをいただきました。また、当日来られないという方々からも多くの応援のメッセージを頂いていました。だからこそ、今回の一般質問で終わらせるのではなく、皆さんの思いを形にするためにも粘り強く訴え続けたいと思います。 写真は家族がくれたレインボーのピンバッジ。今日もポケットにいれてました。。

<年に一度の一般質問…「マイノリティが住みやすい社会は誰にとっても住みやすい」>

いよいよ今週の水曜が一般質問です。 私がずっと訴え続けてきたことは、「マイノリティが住みやすい社会こそ誰にとっても住みやすい社会である」という信念でした。 今回の選挙ではあえて性的マイノリティの方との連帯や多様性の包摂を示すためにレインボーのタスキをつけ、街頭でも同性パートナーシップの導入などを訴えていました。「気持ち悪いんだよ、変態!」とか「変なことにばっかり首を突っ込みやがって!」と罵声を浴びることもありました。しかし、当事者の方が「実は私もレズビアンです。選挙に行ったこともないけど、レインボーのタスキを付けて話している姿に嬉しくて声をかけてしまいました。」と涙ながらに仰ってくれたこともありました。だからこそ、今回の一般質問ではマイノリティの権利を改めて中心に据えました。 具体的には、「同性パートナーシップ制度」、「中学校の制服の問題」、「性教育の問題」、「自治体におけるヘイトスピーチの規制」、など、これまで訴えながらも前に進まなかったものばかりです。今回はそれぞれの問題を改めて指摘して決して当事者だけの問題ではないこと、そして自治体として責任をもって対応すべきということを示したいと思っています。 一般質問は水曜の13時から区役所の西庁舎の8階、本会議場で行います。 よろしければぜひ傍聴にお越しください!! 写真は区役所の屋上から、久しぶりの快晴ですね。

<カリフォルニア州への訪問 その2 (LGBTフレンドリーな町、サンフランシスコで見えたもの)>

5月9日から1週間、私費でカリフォルニア州のサンフランシスコ、サクラメント、バークレーを視察をかねて旅行しました。 サンフランシスコはLGBTフレンドリーな地域として世界的にも知られています。市内でも特に当事者の方が多く集う地域として有名な町、カストロ(Castro)を訪問しました。 最初に驚いたのは町の全てがレインボーなこと。レインボーはLGBTへの連帯の象徴で、私も選挙期間はレインボーのタスキを使っていました。レインボーフラッグがいたるところに掲げられていて、横断歩道までレインボーカラー!歩道にはオスカーワイルドをはじめ、有名なLGBTの方の名前が刻まれていて(hall of fame、ホール・オブ・フェイム)、日本からは三島由紀夫が選ばれています。カストロではLGBTミュージアムを視察しました。 また、州都サクラメントでは、アジア系のLGBTの人権問題に取り組むNGOを設立した友人からカリフォルニアの実情について話を聞きました。アメリカではほとんどすべての州で同性婚が認められており、小学校でも当たり前のようにLGBTについて教えているとのこと。練馬区では、「現実的な効果がない」から、と言われ、パートナーシップ条例もできていないと話すと「直ちに法律上の効果が発生しなくても、自治体が積極的に二人の関係を認めることの心理的・社会的な効果は大きい。現実的な効果がないなんて、当事者でもない自治体側がどうして勝手に言えるの?」と真剣に驚かれました…。彼によると、アメリカでも、日系を含めたアジア系はヨーロッパ系等と違って、家族中心・恥の文化があることから、カミングアウトの決断とその前後、家族の理解を得るのが相対的に難しいとのこと。自分はアメリカ育ちでも、「異性と結婚して子どもを持ってほしい」という家族の強いプレッシャーのもと苦しみ精神を病む人たちも多いそうです。彼の設立した団体は、そういった、アジア系のLGBT特有の問題を共有する場を提供したり、家族同士を引き合わせる互助組織に繋げたり、メンタルヘルスのカウンセリングサービスを紹介したりという事業を行っているそうです。PFLAGという家族互助団体の活動家の方もご紹介頂きましたが、日本にも来月来て講演を行われるそうです。 カリフォルニアに滞在して改めて実感したのが、月並みな言葉でいえば、みんな自由で、個性が尊重されているということ。公園に行けば、爆音でラテンのクラブ音楽を聴きながら楽しそうに歌って体を揺らしながら散歩する車いすのお爺さんとその息子さん(?)あり、上半身裸でランニングする人たちあり、でも誰も気にしない。タクシーに乗れば、運転手さんたちは以前私や妻が働いていたパキスタンや中東やラテンアメリカの移民たちで、一人ひとりのヒストリーをスペイン語やウルドゥー語で聴くのが楽しい。タクシーがつかまらず困っている妻と友人と子どもたちを、たまたまトイレを借りに入った店の店員が自分の車を出して送り届けてくれたり。人々のふところの深さに驚きました。LGBTの皆さんも、人前で愛する人とごく自然に手をつなぎ、当たり前のようにキスをし、誰も好奇の目で見ない日本でも当たり前のこととしてできるようにすることが行政の仕事ではないかと思いました。

By |2019-05-20T11:32:23+09:002019年5月20日|Tags: , , , |0 Comments

<いざ、サンフランシスコへ!>

選挙も無事に終わり、5年間お正月もなく働いた私に妻が数日間のアメリカ旅行をプレゼントしてくれました。とはいえ、お互いの仕事柄、どうしても観光ではなく、かなり視察の入ったプランに。議員になる前は一年のうち半分は海外で仕事をしていた私、今でもときどき無性に海外に行きたくなる衝動があるためとても嬉しいです。 訪問先は妻が大学時代に留学していたカリフォルニアのサンフランシスコ。これまでもアメリカには来ていましたが、中南米に行くための乗り継ぎばかり、滞在は初めてです。 サンフランシスコといえば、アメリカでも最もリベラルな自治体の一つ。米国においてマイノリティの権利向上の活動が拡がった拠点の一つでもあります。今回は、アジア系LGBTのためのNGOの職員、非正規滞在の移住労働者や難民の法的支援をするNGO職員、NGOの方からお話を伺ったり、食の安全に取り組んでいる社会学の教授から聞き取りをするほか、第二次世界大戦中に収容された日系人の状況についてシンポジウムに参加したり、サンフランシスコの市営の子どものための広場や学校の見学をしたり、楽しみながらたくさん学びたいと思っています。 ちなみに、宿はほとんど妻の大学・院時代のクラスメートの家を転々とするという低予算かつ超楽しそうなプラン。みんな、同じくらいの子どもたちがいるので楽しみです!

By |2019-05-09T16:09:45+09:002019年5月9日|Tags: , , |0 Comments

<3.11 あなたはどこでなにをしていましたか? 人物図書館に参加して>

東日本大震災からちょうど8年が経ちました。 3月10日には練馬で行われた反原発デモに参加し、3月9日には練馬図書館のイベント「人物図書館 in 練馬」に参加しました。「人物図書館」とは「ひとはだれでも一冊の本である」という考えで参加者の方がそれぞれお話をする、というもので今回は東日本大震災がテーマでした。一人ひとりから伺う311の経験がどれだけ皆さんの人生に影響を与えたか、という物語、とても印象的でした。私自身、3.11がなければ、議員を志していなかったかもしれません。私が人物図書館で話した内容をご紹介します。 震災が起きた日、私は東日本橋のオフィスにいました。地震の後、7時間をかけて大泉学園の自宅へと歩いて帰りました。ただ、スーツと革靴で長時間かけて歩くことの辛さよりも衝撃的だったのがテレビで流れてきた津波の惨状でした。同時に、ミャンマーやウガンダから日本に難民として逃げてきた人たちが「東北に支援に行きたい。自分も同じような思いをしたからわかる」と次々と申し出て行動に移す姿に、私も何かしなければ、とハッとさせられました。 そして数か月後、友人の外国人の方が立ち上げたボランティア団体の活動の一環で、石巻へとボランティアに行きました。そこで見た景色は一生忘れません。 津波の傷跡がまだ残る中、多くの家ががれきになっていました。玄関だったところには、その家で亡くなった方が大切にしていたのでしょうか、包丁だったり、お酒だったり、そして機関車トーマスのプラレール、ポケモンのぬいぐるみなどが飾られていました。 がれきの中、色とりどりに飾られたものを見て、亡くなった方の人生の一端に触れる、例えようのない感情でした。 その中で、私たちの仕事は、海水に浸かった家を壊すことでした。津波に襲われて残ったとしても、海水が柱を侵食してしまった以上、住むことはできません。そうしたお宅を大きなハンマーで壊す、そんな仕事でした。そして、案内されて、驚きました。それはあまりに大きく、あまりに奇麗な家だったからです。家の奥様が出てきていいました。この家は、去年、長年の夢をかなえてローンを立てて建てたばかり、自分たちの思いが詰まっているとのこと。この壁紙はこの色にこだわったの、子ども部屋は、子どもが大きくなっても大丈夫なように、こんな工夫をしたの。それは嬉しそうに話してくれるのです。そしてその話を聞きながら私たちは力いっぱいハンマーを振り下ろし、壁を叩き壊します。涙を流しながら、そしてもの凄い怒りを感じながら。でも一体何に怒っているのか、何をしたいのか、抑えようのない感情でした。そして、最後に「ありがとう」と言われたときに、号泣しました。 それと同時に、日本人でも自分のことだけで精一杯なのに、ともすると、言葉が不自由で震災弱者と言われたりする外国人の皆さんが、途上国での生活の経験や、体の屈強さなどの強さを生かして、頑張っている。大きな驚きでした。 どんな幸せでも一瞬で壊されてしまう。必要なことは地域の繋がりであり、普段から支えあえる関係を築くことだと思います。 また、「自主避難者」への住宅無償提供を打ち切られるなど、被災者の方々は非常に厳しい状況を余儀なくされています。練馬区でも、多くの避難者の方が生活しています。自治体として、しっかりと彼らの暮らしを支えていくことの必要性とともに、子ども達のためにも原発の無い日本を築いていくことが重要だと改めて感じました。(写真は石巻へボランティアに行った時のものです)