予算特別委員会 「公設」掲示板って何のためにあるの?

皆さんの家の近くにもたくさんの掲示板があると思います。 掲示板には練馬区が設置している公設掲示板、町会が区に協力する形で設置している協力掲示板、そして町会が独自に管理する町会掲示板の三種類がありますが、そのうち、公設掲示板は区内に900基あります。管理は町会等に委託されていて、1基あたり年間で3万円、合計で約2,700万円が予算として計上されています。 そんな中、地域の方から「公設掲示板でいつも区のお知らせを確認しているのだけど、近所では、場所によって貼ってあるものが全然違っていて困っているんだ。」というご相談が。。。 そこで近所の公設掲示板を改めて確認したところ、確かにそれぞれで貼ってあるものが違ってました。。例えば、議会に関するお知らせで、定例会のたびに、いつからいつまで、というお知らせを貼ることになっているのですが、確認した4基の内、実際に掲示してあったのは1基のみでした。 区に理由を確認したところ、区からすべての町会に対し毎月二回、貼るもの(掲示物)を郵送しているのだけど、送られる掲示物が多すぎるために、板の面積を超えてしまう。その結果、どれを掲示するか町会等の判断になっているとのこと。 もちろん、町会等の自主性は尊重されるべきで、それぞれの掲示板である程度柔軟に対応すること自体を否定するものではありません。しかし、「公設」掲示板である以上、特に議会や防災に関するものなど、大切な情報が適切に掲示されるように、送り方、掲示のあり方を含めて、すべてを委託先の町会に任せるのではなく、区として整理することを求めました。 特に年配の方にとって、掲示板はとても重要な情報源になっているので、これからも改善を求めていきたいと思います。

予算特別委員会で首が回らない。。。

先週から練馬区の予算特別委員会がスタート。 この委員会、2017年度(平成29年度)の予算について、項目ごとに毎日議論するものです。来年度の練馬区の予算額は一般会計で2,515億円、今年度より少ないですが、東京23区では世田谷、足立に次いで三位、全国でも政令指定都市を除けばかなりの上位、どのくらいかというと、東京オリンピックで大問題となった新国立競技場の建設費用が2,520億円なので、それを一年で使う計算です。 それだけに準備にも力が入ります。予算特別委員会の質疑時間は会派の人数によって決まっていて、私たち「市民の声ねりま」は一日あたり10分。その中で、皆さんから頂いた思いや私自身が持ち続けてきた問題意識を行政にぶつけ、実のある回答を得るために、10分のために、毎回数十時間の準備を行っています。(議論の細かい内容は明日以降、ご報告いたします) そして出番の当日、「さあ頑張るぞ!」と目を覚ますと、いつもと違う感覚が…「あれ?首が回らない?」「区議(クギ)だけに首が回らない?」なんて朝からつまらないダジャレを考えながら腕を回そうとすると左肩から首にかけて激痛が…どうものしかかってくる息子をよけているうちに寝違えてしまったよう。 年に数回寝違えるのですが、今回は特にひどく、時間と共に腕を動かすのも苦痛に。とはいえ、委員会は、発言の度に手を挙げて、委員長が指してから発言する、という方法になっています。手を挙げない限り、そのまま10分経ってしまうので、意地でも挙げなければ、悲壮な(?)覚悟で委員会に向かいました。 そして、ついに私の順番…手は上げられましたが、すぐに次の問題が。。区の担当者は左奥に座っているのですが、首が痛くて回らない。。。慌てて、体全体を傾けて、ロボットのようにカクカクと動く私。これほど密度の濃い10分は初めてだと冷や汗とともに思いながらも、望んでいた答弁も引き出すこともできました。。。 しかし、今日もいまだに首が痛い私。。委員会が終わったら仲間に治してもらうことを希望に頑張っています。

息子の成長、いかに抱っこから卒業するか

最近、12キロを超えた息子、抱っこをするのがだんだんと辛くなる今日この頃。 寝かしつけの時には必ず抱っこをしていたのですが、いくら自分を励ましてみても30分近くしていると腕がぷるぷるしてその後の仕事にも支障がでるように。そこで、先週から抱っこをしなくても寝られるように妻とあの手この手で取り組みました。 最初にやったのが寝たふり。その名の通り、息子がいくら抱っこをせがんでもひたすら寝たふりをするものでしたが、「起きてー!」という声とともに、顔面に覆いかぶさってきてあえなく断念。続いて、ママ友に聞いた背中とんとん。これで寝てしまう子もいるということでしたが「とんとんやめて!」とはっきり断られてしまい、これも断念。そして試したのがお話を聞かせるもの。頑張って桃太郎を話してみたのですが、言葉が難しく理解できない、そこで息子がわかるようにアレンジしてみました。「むかし、ばあばが川に洗濯にいったら大きなミカン(桃がわからない)が流れてきて、そこから桃太郎という赤ちゃんが出てきました。大きくなった頃、お化けがじいじの畑で大事にしてたニンジンを全部食べてしまいました(息子の好物)。じいじがえーんって泣いてるから、公園(鬼ヶ島が分からない)に行って鬼さんにダメって言ってあげることにしました…」と話をすると、いつの間にかぐっすり。 そして、翌日からも「大きなミカンのお話して」とせがむように。でも、「しめしめ」と思って同じ話をすると、退屈してしまい、仕方がないので機関車トーマスを登場させたり、どんどん広がっていき、もはや桃太郎とは全く関係ない話に。。今夜の登場人物をどうしようと考えるとともに、そのうち、息子がオリジナル桃太郎のお話をみんなに聞かせたらどうしようとドキドキしています(笑)。

2018-08-21T09:41:41+09:002017年2月18日|Tags: , , |

東京で部落差別と向き合う 人権セミナーのご案内

部落差別は決して過去のものではありません。 世界的にヘイトスピーチが深刻化する中、練馬区においてもこの数年間、特に公共施設での差別的な落書きの件数は急激に増加しています。部落差別に関するものも残酷さを増しています。 そんな中、練馬区男女共同参画課が3月8日(水)の18時半より、人権セミナーを実施します。 東京で部落問題についての情報発信・啓発活動を行っているBURAKU HERITAGEメンバーの上川さんの講演を通じて、差別の実態や当事者の苦悩を知るとともに、部落差別をなくすために私たちに何ができるのか考えます。 私も参加します。ぜひ皆さまもご参加ください!! http://www.city.nerima.tokyo.jp/kusei/keihatsu/jinkendanjo/jinken/event/0170123101603268xxx.html

2018-08-21T09:41:41+09:002017年2月7日|Tags: , |

「護憲派の泰斗」樋口陽一先生をお招きして 地域での講演会

昨日(2月5日)、大学時代のゼミ(比較憲法)の恩師でもある憲法学者の樋口陽一先生を地元の大泉にお招きして講演会を開催しました。 樋口先生は『「護憲派」の泰斗にして憲法学会の最高権威』(集英社の紹介文)とも称されていて、私の妻の同級生が編集を担当した『「憲法改正」の真実』(集英社)など数多くの著作を出版されています。 地元大泉に樋口陽一先生をお招きしてお話を伺えるということ、私にとっては夢のようで、前日から緊張で食事も喉を通らない。。。そんな気持ちのまま当日を迎えました。 トランプ大統領就任にみるアメリカの政治から始まり、自民党の改憲草案への批判、明治憲法制定を巡っての議論など、非常に鋭い内容でしたが、とても穏やかで、ときにユーモアを交えながらのお話を伺っていると20年前の教室に戻ったような気持ちになりました。 先生の話で最も印象に残ったのが、デモクラシー(投票で世の中を変える仕組み)と立憲主義の関係について「立憲主義は闇夜の海を照らす灯台のようなものであり、晴れているときはなくてもいいと思ってしまうが、それが行き詰った時にこそ、闇の中でましてや防風が吹きすさぶ時こそ灯台(立憲主義)の重要性が問われる。」という話でした。 その後、私からは練馬区の地域における現状と課題として、政府が規定した“区域外”からの原発避難者の方への住宅支援が打ち切られようとしていること、区内でのヘイトスピーチ、差別的な落書きが急増していること、そして議会の中で少数の声が封殺されていることなど、お話させていただきました。 その後の質疑応答では、参加者の方からたくさんの声が。 印象的だったのが「護憲的改憲論」についての質問でした。 樋口先生の意見は、憲法と現実社会の中で、ぎりぎりのせめぎ合いをしながら、憲法は運用されてきた。例えば戦争について、言わば「良い戦争」と「良くない戦争」があるという理解を前提として、小泉首相はアメリカの戦争に理解を示したが9条があるからこそ、自衛隊を出すわけにはいかないとして踏みとどまった。護憲的改憲論というのは、(憲法を決して変えないという)外堀を埋めて、(改正はするが何を改正するか議論をするという)内堀だけで「憲法」を死守しようというもの。それが出来る力があればいいが、現状そうは思えない、とのことでした。 そして、「解釈改憲」についても質問が。憲法を原書の通りに解釈すれば、「一切の戦争をしない、一切の軍備を持たない」ということになるし、それが先生の立場でもあるとのこと。学者としては原書解釈を当然としてそこから下がらないということが重要だと思っている。安倍政権以前に憲法の解釈改憲を学者が認めていたとすれば、議論はそこがスタート地点になってしまう。学者が空虚空論を述べてきたことに意味がある、というお話しでした。 今回の開催にあたり、先生からの唯一の要望が「なるべく少人数で」とのことでしたので、とても残念でしたが、広くお声がけはできず、大泉学園町在住の歴史学者で東大名誉教授の和田春樹先生、9条の会、ママの会、元SEALDsのメンバー、明日の自由を守る若手弁護士の会、米軍基地の反対運動をされている方、大学でフランスの政治思想を教えている方など議員活動のなかで出会ってきた地域の方々にお集まりいただきました。 会の後、皆さんから講演への感想や先生へのメッセージをいただきました。 憲法で示されている「個人」の理念が置き去りにされ、経済に政治が消し去られていることがよくわかった、というご意見、こんな時代だからこそ、身近なところからできることをやりたい、というご意見、そして、何よりも樋口先生のお話を聞いて勇気づけられた、というご意見もたくさんいただきました。樋口先生や皆さんから力を頂ける素晴らしい時間でした。 また、先生に次回の講演についてもお願いしたところ、次回はもっと多くの方にお話いただけるとのこと。ぜひ第二回目の講演会、企画したいと思います!

2018-08-21T09:41:41+09:002017年2月6日|Tags: , , , |

歴史学者 和田春樹先生のお話を伺って

先日、「大泉市民の会」の新年会に参加しました。 大泉市民の会は、東京大学名誉教授の和田春樹先生を中心にベトナム戦争への反対を目的に60年代に設立された会。私の義母や亡くなった義父も若いころから参加していました。 会では、2月3日まで朝日新聞の夕刊に掲載されていた“人生のおくりもの わたしの半生”(全10回)などについて和田先生からお話が。この記事で最も印象的だったのが、ベトナム反戦運動を始めたきっかけについて。先生は以前から大泉学園町(私の家のすぐ近く)に住んでいたのですが、ベトナム戦争が始まってから、すぐ近くの朝霞の米軍基地にベトナム戦争の傷病兵が連日、頭上を通ってヘリで運ばれるようになったとのこと。ロシア史を研究していた先生は、第一次大戦下でロシアの兵士たちがもう戦争がいやだといって革命に加わる話を論文に書きながら、眼前の現実に何もしないということが耐えられなくなり、キング牧師が暗殺された翌日から、一人でプラカードを持ち米軍基地の前に立ち始めたということでした。「この戦争に反対する行動を、自分の場所でやらなくてはいけない」それがこの「大泉市民の集い」の始まりだったそうです。(因みにこの記事を書いたのは、私の大学の恩師で憲法学者でもある樋口陽一先生の息子さんとのことで、改めてご縁を感じました。。) 今日の会に参加していた方、当時高校生や浪人生だったという方々も、皆さん定年退職を迎えていました。しかし、安保関連法制を含め、今のままの政治ではいけない、孫たちのためにももっと頑張らなくてはいけない、という思いでデモや集会に今も参加しているとのことでした。 勉強会に参加するのは今回が三回目となりますが、自分が住む町で、これほど長く、そして強い思いをもって活動を行ってきた方のお話を伺うことができ、あらためて感動するとともに、皆さんのお話を聞いて、私ももっと頑張らなくては、と勇気を頂ける時間でした。

2018-08-21T09:41:41+09:002017年2月3日|Tags: , , |

アメイジンググレイスと練馬区の差別について

土曜日の今日、光が丘の清掃工場の建て替えに関する地域説明会に参加した後、いつも通っている地元の大泉教会での「春をよぶコンサート」に参加しました。こちらのコンサート、地元の合唱グループが普段の練習の成果を披露するもので、大泉教会の「讃美歌歌い隊」、東大泉の「みどり広場」を守る会の「はらっぱ音楽隊」、そして施設、病院、作業所などで活動している「にしきみ音楽グループ」が参加しました。 私の大好きな「世界に告げよ」や、中学生の頃歌った「大地讃頌」「小さな木の実」など、聞いたことや歌ったことがある曲ばかり。一緒に歌ったり、踊ったり(?)、とても楽しませていただきました。そのなかで、印象的だったのが「アメイジンググレイス」。 この曲の作詞者、もともとは奴隷貿易に携わっていたのですが、改心して牧師となり、その時の悔恨とそれを許してくれた神の愛への感謝が歌詞になっています。私も家族も大好きで結婚式でも家族で一緒に演奏(皆がかろうじてできる楽器を演奏したのですが、謙遜なしに下手くそでした、笑)をしました。 最近ではオバマ前大統領が、黒人の方が多く通う教会で発生した、無差別銃乱射事件の犠牲者に捧げ、そして人々の団結を訴えるために自ら歌っています。 (http://www.huffingtonpost.jp/2015/06/28/obama-lead-a-powerful-rendition-of-amazing-grace-_n_7684010.html) 大統領が人種間の和解や多様性の尊重を訴えたわずか半年後、人々の憎悪や怒りをあおることでトランプ政権が誕生してしまいました。就任後、わずか数時間でホワイトハウスの性的マイノリティに関わる記述が全て削除され、スペイン語のサイトも消されてしまいました。難民の受入をすべて停止するとも宣言しています。壁を建設してもビザ発行を停止しても、国を出ざるを得ない状況にある人たちは止められず、費用対効果は少ないばかりかかえって危険な状態をつくりだします。一方で、世界で100万人以上の女性がトランプ大統領のこうしたやり方に反対の声をあげたこと(Women's March)、まだ希望もあると思います。 その後、練馬区の部落解放同盟の旗開きに参加しました。旗開きでは区内のヘイトスピーチや差別的な落書きの事も話題に。昨年来、区内における差別的な落書きは大幅な増加を見せています。先日調べたところ、平成28年度に発見された公共施設への差別的な落書きは合計で14件でしたが、今年度は12月の時点ですでに17件。内容も外国人、そして部落差別を扇動する悪質なものが多く見つかってします。特に、沖縄の高江での機動隊員が「土人」と発言したことを、政府が差別ではないと発表してから、落書きにも「土人」という表現が見られるようになっています。 昨年はヘイトスピーチ対策法や部落差別解消推進法などの法律もできた一方で、理念法であるという課題もあります。これを具体化するのは、まさに地方自治体の仕事であり、これからも条例の制定を含めた具体的な対策を求めて議会でも訴えていきたいと思います。

トランプ大統領就任演説に思うこと 練馬区で私たちにできることは?

トランプ大統領の就任演説、英文の原稿を読みました。 大統領の就任演説、それぞれの個性や思いが込められていて、ブッシュ大統領の時以来、毎回チェックしていました。 最初の印象は、随分短いな…というもの。調べてみると彼の演説は合計で1466語で、近年の大統領の中では最も短く、直近の大統領では1977年のジミーカーター(1229文字)以来となります。ちなみにオバマ大統領の演説は2,406文字でした。 そして内容も、”Make America great again!” 「アメリカを再び偉大にする!」、”it’s going to be only America first”「アメリカだけを第一とする!」といった扇動的で短い言葉が並んでいます。今までの政治家の在り方に辟易した人々に訴えているのでしょうが、選挙キャンペーンが終わっても、まだこれか・・・とがっかりでした。 今回トランプ大統領が所信表明演説で歴代大統領としては、初めて用いた言葉のリストを見ましたが”disagreement(不一致)”, “disrepair(荒廃・破滅)” “sad(悲しみ)” “tombstones(墓石)” などの言葉が並んでおり、ここにもアメリカの分断を象徴しているのではないでしょうか?http://www.dailywire.com/news/12622/how-does-trumps-inaugural-speech-stack-numbers-aaron-bandler) こうした言動に対して、アメリカに住む友人は「トランプはいままで公にいう事が恥ずかしいとされてきた差別的な表現をあえて多用することで、それを言ってもよいのだというライセンスを人々に与え、憎悪や分断を高めている」と嘆いています。 しかし、こういった大統領が勝ってしまう状況があるのは動かせない事実。トランプが勝つなんてジョークだと言って真剣に取り合わなかった民主党やリベラル派(私たちも含め)の訴え方や行動にも、十分責任はあり、それに向き合って正すべきところは正さないといけないと思います。 また、大統領が就任して1時間後にはホワイトハウスのウェブサイトから性的マイノリティの人権に関するページが全て抹消されました。http://www.huffingtonpost.jp/techcrunch-japan/web_lgbt_whitehouse_b_14325296.html?utm_hp_ref=japan 他者や異なるものへの不寛容がアメリカをはじめ、世界に広がりを見せる中で、ここ練馬区においても昨年来、外国人の方に対する差別的な落書きが急増しています。 こうした中だからこそ、レディーガガが訴えた言葉、”Love trumps hate!”(日本のマスコミは“トランプ大嫌い!”と誤訳したようですが…”愛は憎しみを打ち負かす”という昔からあるイディオムです)のように、異なるものへの理解と寛容こそが社会の発展につながると信じて、地域における性的マイノリティや外国人の人権保障を含め私自身ができることを続けていかなければと改めて思いました。

「震災・原発避難者は いま part2」に参加して 区域外避難者への支援打ち切りについて

本日、私も会員となっているNPO法人 福島子ども保養プロジェクト@ねりまが主催した講演会「震災・原発避難者は いまpart2」に参加しました。この講演会、避難者の方の置かれている状況を知り、私たちに何ができるかを考えるものでした。 講演では特に、今年の3月末で福島県や国によって打ち切られようとしている、避難指示区域外の避難者(「区域外避難者」)の方に対する住宅の無償提供について伺いました。区域外避難者とは政府による避難指示のない地域から避難した方のことで全国に26,600人、そのうち練馬区には東京23区で二番目に多い135名(避難者全体で220名)が避難しているとのこと。こうした方への避難住宅の提供が今年の3月末に打ち切られるもので、2016年11月現在では70%の方が4月以降の住居が決まらず不安な思いでの生活を強いられています。 区域外避難者の方は子どもを被ばくから守りたいという気持ちで避難をしている方が多く、夫を福島に残し母子で避難していて、経済的に困窮している方も多くいます。しかも、東京電力からの定期的な賠償は全くなく、唯一のものとして避難住宅が提供されていましたが、これが打ち切られるというものです。 そもそも、国が設定した「避難指示地域」というのは、原発事故前の測定値0.03μ㏜/hに比べて127倍にのぼる3.8μ㏜/h(年間20ミリシーベルト)以上の地域であり、この数字に対しては、国連人権理事会の特別報告書の中でも1ミリシーベルト以上の地域は避難地域指定すべきだと指摘されています。(2013年5月24日 毎日新聞)。 国は上記の値でも人体に影響はないとしていますが、20年後30年後のことは誰もわかりません。白血病の人が増えた等のことがあったとしても、因果関係の立証が難しい中で、どちらにせよ国は否定するでしょう。 科学的に安全か安全でないかという、ずっと後にならないと分からない(厳密には後でも証明されようがない)議論よりも、一番重要な事実は、区域外避難者の方は、「事故が無かったら避難することもなかった」、ということだと思います。それまでの日常が外部的な要因で全く変わってしまったということは動かしがたい事実であり、現に、避難者の皆さんは元の地域に安心して住めないと感じているわけで、それが避難者の方の落ち度とどうして言えるのでしょうか。 住宅支援を打ち切られることによって、区域外避難者の方は、強制的な帰還か、避難の継続による生活の困窮のどちらかを選ぶことを余儀なくされています。 こうした状況に向き合うのは行政や東電の責任だと思います。 原発事故があった当時、お子さんが3歳だったという避難者の方からもお話を伺いました。30年の住宅ローンで家を購入したばかりだったが、家族が離れ離れとなり、経済的に困窮しているとともに、小学校にあがった子どもは、「過剰反応だ」といじめられたりすることを恐れて学校で避難していることも言えずにいるとのこと。お話の中で印象的だったのが、「子どものために」と思い活動してきたが、でも、このことが逆に子どもに負担を強いてしまっているのではないか、でも、このことを少しでも多くの方に知っていただきたいと思い頑張っている、ということでした。 私にも2歳の息子がいますが、もし同じ立場に置かれたとしたら、これほど強くなれただろうか、と考えると聞いていて涙が出そうになりました。 練馬区議会にも、福島原発事故による避難者が安心して暮らせる住まいの確保を求める陳情が出されていますが、審議がされないままの状態です。国や都が住宅支援を打ち切ろうとしている中、行政として責任を果たすために、その延長を議会でも求めるとともに、練馬区としても、独自の支援策を講じるよう、議会でも訴えていきたいと思います。

焼き芋大会と新年会!

先日、家の庭で恒例の焼き芋大会を行いました。 この焼き芋大会、うち(妻の実家)で地域の方や子ども達と一緒に毎年行ってきたもので、今年でもう20年目くらいになります。ルールは簡単で、皆さん、自分の焼きたいもの(お芋やソーセージ、マシュマロ、リンゴ)などを持ち寄って、お話しながらたき火を楽しむというもの。 今年は近所の子ども達だけでなく、ママ友やパパ友、そしてその友達たちなどたくさんの方が集まって、あとで数えてみたら70名もの方が参加。それぞれ会うのは初めて同士の方ばかりなのですが、火の回りでどうやって子どもを寝かしつけするのが一番楽か(うちは抱っこ卒業の過渡期中で毎日ギャン泣き)できるかを語り合ったり、父親同士で、「ママがいい!パパやだ!!!」(ガビーン)|д゚」と子どもが騒ぎ出したときにどうやったら満足してもらえるか(笑)相談してみたり、すぐに仲良しに。しかも、実は家がすぐ近くだったり、大好きなレストランのオーナーのご家族だったり、普段は忙しくて、なかなか近所に住んでいる方と親しくなる機会を持つことが難しい中で、地域ならではの楽しい時間を過ごすことができました。ぜひ来年も行いたいと思います。 その後、私の所属する「市民の声ねりま」の新年会に家族で参加。支援者の方やスタッフの方が準備くださったご馳走を頂きながら、皆さんと現在の政治の課題や今年の抱負などを語り合う。また、お楽しみとして会員の方の落語や、クイズ大会もありました。そして、何よりも皆さんひとりひとりの持つ問題意識、現在の状況を変えようとする熱いに力を頂ける、そんな素晴らしい時間でした。

2018-08-21T09:41:42+09:002017年1月15日|Tags: , , |
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